生田 美保

職業:韓国の法律事務所のインハウス翻訳者兼フリーランス文芸翻訳者

東京女子大学現代文化学部言語文化学科(2000年度卒業)

 私が韓国語に出会ったのは27年前、ほかでもない東京女子大学ででした。入学して、第2外国語として選択したのがきっかけです。とくに理由があったわけではなく、フランス語のような人気言語を申し込んで抽選で落ちるくらいなら、最初からあまり人気のなさそうなところへ行こうと思った記憶があります。今では信じられないかもしれませんが、当時はまだヨン様の韓流ブームがくる前で、韓国語はそれほど人気でもなく、私自身、アンニョンハセヨも知らなければ、韓国へ行ったこともありませんでした。とても面白い先生で毎回楽しい授業でしたが、そのときは1年間だけ履修してやめてしまい、その後韓国語に触れる機会はありませんでした。

 それが、就職後に韓国語をふたたび始めることになりました。慣れない社会人生活の中で自分の時間をもちたいと思ったときに、思いついたのが、大学で習って面白かった韓国語だったのです。そうして趣味で勉強しているうちに2002年のサッカーワールドカップ日韓共同開催があり、韓国の「市民」の姿が報道されたりもして、次第に韓国への興味が強くなり、1年だけ語学留学してみることにしました。今からちょうど20年前のことです。

 最初は語学学校を卒業したら帰国してまた日本で仕事を探すつもりで旅立ちましたが、予定していたよりもはやく卒業してしまい、帰るにはまだ物足りなくて、そのまま現地で就職しました。それから今に至るまで、(勤め先は途中で一度変わりましたが)法律事務所のインハウス翻訳者として働いています。

 法律事務所の翻訳者というのは、主に、日本企業が韓国企業と取引をする際の契約書や、取引関係がこじれて紛争になったときに裁判所に提出する文書などを翻訳するのが仕事です。また、日本企業が韓国に進出(または撤退)する際には事前に何か月もかけて準備をするのですが、それらに必要な資料や報告書なども翻訳します。毎日机に座ってただ黙々と作業する仕事ですが、このように、ビジネスの表舞台でものごとを動かす人たちを語学力をつかって陰でサポートするのも、立派な国際貢献だと自負しています。

 文芸翻訳にも携わるようになったのは、韓国に住んで10年目を迎えるときに、記念になにかしたいなぁと思ったのがきっかけです。会社勤めと並行して韓国の放送通信大学の国語国文学科で韓国文学を学んでいた私は、韓国の小説を読むことにはまっており、「これを一人だけで楽しむのはもったいない!」と思っていました。また、日本の小説はすぐに韓国で翻訳出版されて、村上春樹や東野圭吾の作品はいつもベストセラーになるのに、その反対のケースはほとんどないという温度差にも違和感を感じていました。それで、「新しい韓国の文学シリーズ」を出しているクオンという出版社に、自分がそれまでに読んで面白いと思った本の試訳と自己紹介書を郵送しました。持ち込み営業のマナーも知らないし、当然返事はないだろうと思っていましたが、タイミングよく、クオンが中心となって立ち上げたK-BOOK振興会が日本の出版社を対象に「日本語で読みたい韓国の本」を紹介する行事があり、そこから毎年、この冊子づくりのお手伝いすることになりました。私がいいと思った作品を日本の編集者さんが気に入ってくれて実際に出版にいたったときは、本当にやりがいを感じましたし、作品のもつ力を改めて感じもしました。今ではみなさんもご存知のとおり、韓国ドラマやK-POPアイドルが人気を博し、その流行に後押しされるように韓国の本もたくさん翻訳出版されるようになりました。本当に時代の変化を感じます。ありがたいことに、この間に私も十数冊の本を翻訳する機会に恵まれました。

 今は韓国語のコンテンツも身近にあふれ、韓国語を学習する環境もどんどん良くなっていると感じます。SNSで韓国及び韓国語の専門家たちと直接つながることができるのも、とてもすごいことだと思います。必ずしも仕事につながらなくても、海外のコンテンツに触れたり語学を勉強をすることは、視野を広げるためのいい方法だと思います。私も、今も毎日新しい単語との出会いを通して新しい概念を知り、翻訳者として、生活者として、韓国社会への理解を深めていっているところです。

 そして、(これは語学に限りませんが)もしも、学んだことを生かしてなにかやりたいことができたら、物おじせずに、扉をノックしてみてください。一回で開くとは限りませんが、叩き続けていれば、思いがけない瞬間にスッと開いたりもします。私も実際はとても内気な性格なのですが、なにかを始めるときはいつも「むこうから私を発掘しに来ることはない」と思って勇気を出してきました。ですから、後輩のみなさんもどんどん自分をアピールして、可能性を広げていってもらえたらと思います。ファイティン!