「中国の社会文化に関する研究」

聶莉莉  Lili Nie

東京女子大学現代教養学部 国際社会学科国際関係専攻教授

「自身の研究をエッセーで自由に書いてください」と言われたが、極めて難しい。考えた末、自著を紹介することにした。

文化人類学者である私は、人類学の方法で現地調査や資料収集をし、草の根の視角から社会全体を把握しようと努めてきた。以下の3 冊は、個人研究の道のりを反映したと同時に、激変する社会や民衆生活の記録でもある。

一、『劉堡 中国東北地方の宗族とその変容』(東京大学出版社1992 年)

本書は、1980年代末に遼寧省の一村落で行ったフィールドワークに基づいて著した。「劉堡」とは、劉姓が大多数を占める村の仮名である。

内容は二部構成。第一部は、清から民国期までの劉一族の歴史や家族の様態を族譜や聞き書きにより再現した。第二部は、民国・満州国、共産党政権下の土地改革、人民公社、経済改革以降と時代別に、父系血縁組織の宗族や、家族、階級区分、人間関係、村落と国家行政との関係を具体的に記述した。

考察は、1つの村落に焦点をおきながら、国家規模で展開された政治的経済的変動及びそのうねりが村落に及ぼす作用にも注目。底辺部の社会変容は、国家の行政的支配の強化や、政権による思想的コントロール、集団生産制度下の大家族の解体などの影響が大きいと結論に至った。

二、『中国民衆の戦争記憶 日本軍の細菌戦による傷跡』(明石書店2006年)

日中戦争中、日本軍が湖南省常徳地域にペスト菌を軍用機から投下し、住民の多くがペストに感染し死亡した。

本書は、自らの現地調査に基づき、被害者のサイドに立って戦争を捉え、戦争が社会や人間の心理に与えた深刻な影響を考えるものである。

全書に貫いた視点は4つある。

①個人や家族の被害体験をつなぎ合せることで地域の被害全貌へ近づく。
②被害体験に含まれた民俗文化の内容を読み取り、民間信仰、葬儀、土俗医療などローカル文化を介しての戦争による破壊の仕組みを明らかにする。
③家族・親族、役所、市場経済などの状況を把握し、商業活動や人口流動など社会生活形態を介しての戦争による破壊の仕組みを明らかにする。
④一人ひとりの記憶に向き合い、人間の心理や人生の足跡に沈殿する戦争の傷跡を直視する。

三、『「知識分子」の思想的転換 建国初期の潘光旦、費孝通とその周囲』(風響社2015年)

 本書は、新中国初期の政治運動における「知識分子」を考察した。知識人は、新政権や政治運動にいかに対応したか、いかなる政治的社会的状況のもとで自らの思想を変えざるを得なかったか、彼らの社会や、歴史、政治に関する言論が民国期と比べてどのように変化したか等について、4つの次元から考察した。

①個々人の時代に対する感知や活動軌跡を追究する。
②個人から読み取った、思想転換に影響を与えた直接的、間接的、マクロ、ミクロの要因を整理する。
③彼らの文書を通して、その歴史観、社会観、個人観、思考様式の変化を分析する。
④知識分子を共産党に傾倒させた、新政権の土地改革の思想と政策を農村の土地制度、階級状況の社会現実と照合して考察する。

以上の内容に興味がある方は、拙著をご覧になっていただければ、幸いである。