アジア地域研究の一大拠点のアジア経済研究所図書館にて (長峯ゆりか氏 撮影)

「研究者として学生のみなさんに伝えたいこと」

松本 はる香

勤務先:日本貿易振興機構[JETRO]アジア経済研究所

肩書:地域研究センター東アジア研究グループ長

東京女子大学現代文化学部地域文化学科(1995年度卒業)

 これまで私はアジアに関わる研究の仕事に携わり、アメリカ、台湾、中国で暮らしたことがあります。私の仕事は、東京女子大学の学び舎での経験の延長線上にあると言えます。ここでは、私の学生時代からこれまでの歩みを簡単に振り返りますが、そこから、みなさんの今後の進路を考える上で、何かヒントのようなものを少しでも感じ取ってもらえれば幸いです。

学生時代の歩み――「求めよさらば与えられん」

 私が学生だった1990年代初頭の当時、三鷹市牟礼にあった、現代文化学部地域文化学科(現代教養学部国際社会学科の前身)で、国際関係について学んでいました。自由な時間がたくさんある大学生らしく、色々なことに首を突っ込んでみるかたわらで、緑豊かな玉川上水沿いにあるキャンパスの図書館の地下倉庫に籠もっては、本を乱読する日々でした。

 聖書の言葉に「求めよさらば与えられん」という言葉がありますが、大学では、アメリカや東アジアの国際関係を学ぶためのさまざまな機会に恵まれていました。私は、現代中国政治のゼミに所属して、台湾問題などを勉強していました。大学の先生の紹介を通じて、台湾史を研究する台湾人留学生グループに出会い、台湾に内在する省籍矛盾の問題などに触れ、台湾をめぐる政治の面白さや複雑さに気づいたのも、その頃のことでした。当時、井の頭線一本で行けた駒場東大にもよく足を運び、『知の技法』の全盛時代の駒場の国際関係の授業を、教室の隅のほうで聴講させて貰いました。いま思うとおおらかな時代でしたが。

 大学の枠を越えて、日中学生会議という学生の交流団体にも所属して、北京大学や清華大学などの学生たちと交流活動を行っていました。当時、中国は天安門事件の傷からまだ十分には立ち直っておらず、内部に色々な葛藤や矛盾を抱えていたようにも見えました。国際問題をテーマとする分科会で、台湾問題を積極的に扱い、中国側から国内問題だと非難を浴びたり…と、いまから思えば、すいぶんと無鉄砲な学生だったと思いますが。

 また、一度社会人を経て、アメリカの大学院博士課程へ留学しました。留学先のワシントンDCは、政治の中心地で、かつその蓄積を抱える歴史文書の宝庫という恵まれた環境でした。米国国立公文書館(ナショナル・アーカイブ)や米国議会図書館には、アジアはもとより、世界中の外交関係史料が所蔵されています。その間、9.11テロという大変な事件も起こりましたが。大学院の授業では毎回山積みの宿題を抱えハードな日々でしたが、おそらく米国留学時代が一番勉強したと思います。ですが、所属していた歴史学部は、博士号取得に相当長い時間が必要で、10年以上掛かるのも普通でした。このため、留学3年目に、気力も含めたさまざまなリソースが尽きる前に、日本で研究職を見つけて切り上げることにしました。思いがけず二つ目の修士号を取得することになりましたが。その後、東京女子大学の大学院に再び社会人入学したのも、何かの巡り合わせだったのかもしれません。その間、2度の出産も経験しました。

研究者の仕事――アーカイブ調査の面白さ

 現在、アジア経済研究所の研究員として、米中関係や中国外交、台湾問題などについて、現在と歴史の両側面から研究を行っています。その間、台北(中央研究院欧美研究所)と、北京(北京大学国際関係学院)の客員研究員として2年間研究する機会を得ました。それらの地域には何度も足を運んだことがあっても、実際に住んでみると、そこに根づく生活や文化、物事の考え方への理解が深まり、研究を進めていく際にも自ずと活きてきます。当時、未就学児の上の息子を連れての海外単身赴任となったため、色々と大変なこともありましたが。

 とりわけ私が興味を持ったのが、冷戦時代の外交史料を渉猟するアーカイブ調査でした。台湾に住んでいた時、毎日のように国史館や中央研究院近代史研究所などに通いました。南国の明るいイメージの強い台湾ですが、実は一年を通じて雨が多く、過ごしにくい一面もあります。しとしとと降り続く雨音を聞きつつ、アーカイブに籠って過去の外交文書を読み込んでいくと、その時代にトリップしたような気持ちになり、至福の時間を過ごすことができました。その後もアメリカ、台湾、中国などでマルチ・アーカイブ調査を続けてきました。

 アーカイブ調査には、国際会議場のような華やかさはありませんが、むしろ地道にやっていくほうが私には向いているのかな、とも思っています。そして、現代の国際関係を分析していく上でも、実はそのような地味な作業こそが役立つことがあります。人間は、過去の歴史からより多くのものを学ぶことができるのではないかと考えています。

 学生のみなさんにお伝えしたいのは、大学時代は、是非、たっぷりとある自由な時間のなかで、アンテナを広く張って、自分の興味のあることを貪欲に吸収してください、ということです。自らの経験から学んだものは、失敗も含めて、何ひとつ無駄になることはありません。そして、才能とは情熱や努力を継続できる力である、という言葉がありますが、自分の興味のあるものに対して、愚直にこつこつと取り組み続けることが、夢の実現の近道になると思っています。この先、さまざまな出来事に直面することになるでしょうが、柳のようなしなやかさと強さで一歩一歩前へ進んでいって欲しいです。

近著『〈米中新冷戦〉と中国外交ー北東アジアのパワーポリティクス』(白水社、2020年)