「アジアで働くということ   国際女性NGO「YWCA」での経験から」

山口  慧子

勤務先:公益財団法人日本YWCA

肩書:幹事

東京女子大学大学院人間科学研究科人間社会専攻(2015年度修了)

 私が働いているYWCA(Young Women Christian Association)は、国内に24の地域拠点と37の中学校・高等学校、また世界100以上の国と地域に拠点を持つ、世界最大規模の女性の人権団体です。国際NGOですが、支援が必要な国に物資や人を派遣して援助するのではなく、世界各国にある拠点と連携しながら、YWCAに賛同する女性たちが現場のニーズに応えたり、社会変革を目指して活動するボトムアップ型のアプローチを取っていることが特徴です。

 学生時代から、実践的にジェンダーの課題を解決していくような仕事をしたいと望んでいました。そこで、東京女子大学では「開発とジェンダー」の専門家であり、かつ人権活動家でもある古沢希代子教授のゼミで「女性、開発、環境」のテーマについてみっちり学び、修了後は女性団体で働くという、かねてからの夢が実現しました。

 日本YWCAで働き始めて早5年が経ちますが、1年目から担当している業務に「日韓ユース・カンファレンス」というプログラムのコーディネートがあります。日本と韓国に共通する社会課題について、両国の若者が基調講演やフィールドワークを通して学び考え、どのように解決できるかを考える内容です。例えば2019年度は「ミソジニーと日韓#Metoo」をテーマに取り上げました。韓国社会では、2016年の江南駅女性殺人事件をきっかけに性暴力を糾弾する#Metoo運動が一気に広がったと言われていますが、日本の侵略戦争下で性奴隷にされた元日本軍「慰安婦」女性たちが今から30年以上も前に性被害について告発し、それ以降、日韓政府や天皇の責任を追求してきた点で、女性の人権活動家として尊敬されていることを、参加者は学びました。同時に、性暴力が起こる構造は70年以上前と今であまり変わってないことや、性暴力告発の背景には「あなたの声を信じます」と#With_youするフェミニストの存在があったことへの気づきを得ました。韓国の文化が好きで友達もたくさんいるけれど、日本軍「慰安婦」問題はタブーだと思っていた一人の参加者が、学びを通して、ミソジニーの最たるものが日本軍「慰安婦」問題であり、また日本軍「慰安婦」への関与を否定し続ける日本政府の姿勢そのものが、現代社会で性犯罪が軽視されていることに繋がっていることを知ったと感想を寄せてくれました。彼女はその後も、性暴力や性差別の無い社会をつくるための啓発活動を地道に継続しています。若い女性による草の根の東アジアの平和構築は、こうした意識変革や行動から始まるのではないかと感じた瞬間でした。

 「日韓ユース・カンファレンス」の誕生は1993年に遡ります。戦時中、日本の侵略と戦争を止めることができず、戦争協力を余儀なくされた日本YWCAですが、戦後すぐに韓国への訪問やアジア諸国のYWCAとの交流を再開する中で、日本の植民地支配への怒り、謝罪や補償がなされていないために新たな差別を生み出していること等が教えられました。政治的緊張の中で再開された活動でしたが、戦争や占領を知らない若い世代に歴史的事実を伝え、相互理解と信頼関係を結ぶことを目的に、現在のプログラムを実施しようと決議されたそうです。

 歴史・政治的な背景を鑑み、また若い世代が主体的にアジアの平和構築を担っていくために、私はどこを向いて進んでいくべきなのかが問われていると感じます。冒頭で述べたように、YWCAは地域社会の中で弱くされた人たちの側に立ち、さまざまな活動を展開する団体です。私の仕事の大きな部分は対人援助で、それは福祉事業的な直接支援でも、政策提言でもなく、現場で活動する人たちを間接的にサポートするような仕事です。活動の方向性や内容を検討するための会議の準備だったり、上述した性差別に関する啓発活動を実現するためのあらゆる事務作業などが含まれます。

 性暴力被害や日本軍「慰安婦」問題だけではありませんが、政治的な運動、大義名分的な運動になった時に、当事者の声や痛みが忘れ去られることは、多々あると思います。性暴力を受けた女性たち、アジア各国の日本の侵略戦争の被害者が受けた傷、破壊された人生を最初からやり直すことは出来ませんが、その人たちの声を信じ、聴き、共に歩み続けていく。一人ひとりの尊厳の回復と社会を紡ぎ直すためには、そういう人の存在が必要なのではないかと思います。一つひとつの業務は小さく、地味かもしれませんが、さまざまなコミュニティの中に正義と公正を信じて活動する人の存在が増えることの意義を覚えて、働きを続けたいと思います。

 将来アジアを舞台に活動される際、場合によっては政治的な分断やその傷跡を見ないふりをすることは意外と簡単かもしれません。ただ、もし皆さんが表面的な関わりにとどまらず、何のために、どうしてアジアで活躍したいのかを突き詰めて考えていく際には避けて通れないことなのではないかと思います。将来、国境を超えて働く皆さんには、権力構造を見つめ、そこで置き去りにされた人たちの声を聴き続けていく仲間になっていただけたら心強いです。