「「世界」とつながる」
横堀ひかる
勤務先:タイ国立チェンマイ大学人文学部東洋言語学科日本語科
肩書・専任講師
東京女子大学大学院人間科学研究科人間文化科学専攻(2018年度修了)
「2年ぐらいチェンマイに行ってきます!」 家族や友だちにそう言って日本を出発してから、もう3年半が過ぎました。私は今も、タイの北部チェンマイ県にあるチェンマイ大学で働いています。ここでは、私のチェンマイでの生活やその中で気づいたことなどを紹介したいと思います。
私が住んでいるチェンマイは、タイの首都バンコクに次ぐ、第二の都市と呼ばれているところで、コロナ前は国内外から観光客が多く来る、にぎやかなまちでした。チェンマイには、有名なお寺がたくさんあるのですが、中でも、チェンマイのシンボルと言われるほど有名なのがドイステープというお寺です。山の上にあるとても美しいお寺で、私が働いているチェンマイ大学は、その山のふもとにあります。20学部もある大きな大学で、敷地も東京ドーム約80個分、とても広い大学です。また、とても自然豊かなキャンパスで、キャンパスを歩けば、鳥の声が聞こえてきたり、リスに会えたりもします。
私は、ここで日本語の授業を週に6コマ(90分/コマ)担当しています。初級日本語や作文などが私の主な担当科目です。また、大学には、授業以外の活動やイベント(文化祭、スピーチ大会、日本の大学との交流会など)もたくさんあるので、それらの準備なども私の仕事の1つです。
みなさんは、日本でカフェや喫茶店に行ったりしますか。私は、学生時代から、カフェをめぐるのが好きでした。旅行のときも素敵なカフェがないかと探してしまいます。実はチェンマイは、素敵なカフェがたくさんある場所としても有名です。コロナ前は、チェンマイのカフェ巡りを趣味のひとつにしていました。ところで、チェンマイのカフェでちょっと苦い「普通のアメリカーノ」が飲みたければ「甘くないアメリカーノください」という頼み方をしなければなりません。言い忘れて「アメリカーノください」とだけ言ってしまうと、「とっても甘いアメリカーノ」を飲むことになります。ちなみに、タイのコンビニで売られているペットボトルの緑茶もほとんどが「甘い緑茶」です。自分が普通だと思っていることが他の人の普通とは限らないんだなと改めて気づきました。こういう経験をすると、私の「世界」が広がったような気持ちになります。海外の生活の面白いところは、このような、自分の「世界」が広がる経験に日々出会えることかもしれません。戸惑うこともありますが、そういうものに出会った時は、「普通」が違う理由を自分なりに考えたり、誰かに聞いてみたりするようにしています。コーヒーやお茶が基本的に甘いことも、最初は正直「意味が分からない!!何で!!」という気持ちでしたが、辛いトムヤム料理を食べた後なら、甘いお茶が飲みたくなる気持ちも少し理解できる気がします。
私は、タイへ来る前、タイで日本語教師として働くのだから「タイ」と「日本」に向き合う日々になることを想像していました。実際、甘いアメリカーノのように、「タイ」と「日本」の違いに出会う経験も多いのです。しかし、実は、私の生活はタイのものや人とばかり触れ合っているわけではないのです。東洋言語学科のオフィスにいれば、タイ語、日本語だけでなく、中国語、ミャンマー語、韓国語など、アジアのさまざまな言語が聞こえてきます。日本語の授業を履修している学生の中には、中国出身の学生もいたりします。私がチェンマイで一番仲がいい友だちは、韓国出身のキム先生。お昼休み、学生が日本語の授業の前に教室で流している音楽はK-pop。私のお気に入りのタイラーメン屋さんの店員さんはミャンマー出身。などなど。アジアや世界の中に「タイ」と「日本」があるんだよな…と俯瞰して考えさせられる機会も多かったりします。世界はいろいろなものや人が移動し関わり合って成り立っていることを改めてチェンマイで感じています。
最後に、このエッセイを読んでくださった学生のみなさんには、ぜひ、たくさんの人と関わり、「世界」が広がる感覚を楽しんでほしいです。学生のみなさんにとって「学ぶ」ということばは身近なものだと思いますが、「学ぶ」というのは知識を蓄えるだけではないという考え方があります。『「学ぶ」ということの意味』という本で、著者の佐伯先生は、人は他者と対話を通し関わることで、他者の「世界」を認識でき、この「世界」を認識するプロセスが「学び」であると言っています。この対話がつなげてくれる「世界」というのは、国や地域を指す狭い意味ではなく、意見や価値観などを含む広い意味の「世界」です。対話を通して色々な「世界」を知ることを楽しんでほしいです。きっと、東女には、人と関わり対話する学びの機会がたくさんあることと思います。ぜひ、その機会をひとつひとつ大切にして、楽しく充実した学生生活を送ってください。