「上海外国語大学日本研究センターとの研究所協定」

和田博文    東京女子大学比較文化研究所長・丸山眞男記念比較思想研究センター長

 東京女子大学比較文化研究所は2021年4月に、上海外国語大学日本研究センターと研究所協定を結びました。私が上海を初めて訪れたのは四半世紀前のことです。『言語都市・上海1840-1945』(1999年、藤原書店)という共著を執筆するため、5人で実地踏査を行いました。アヘン戦争後の1843年に上海は開港します。第二次世界大戦以前は、イギリス中心の共同租界と、フランス租界が存在していました。上海は国際都市・金融都市・植民都市・革命都市で、光と闇が交錯し「魔都」と呼ばれる、アジア有数のモダン都市でした。共同租界の北には日本人居留エリアが拡がり、最盛期の1940年には6万5000人以上の日本人が滞在していました。

 金子光晴や谷崎潤一郎、武田泰淳や横光利一など、上海を舞台に作品を書いた小説家や詩人は数多くいます。「言語都市」というのは、言葉で記された都市という概念です。上海表象の魅力に惹かれ、日本人の足跡を追いかけ、私たちは共同研究書をまとめました。2年前に上海外国語大学大学院の博士後期課程で集中講義をしたとき、キャンパス内にある大学の高層ホテルの部屋から、魯迅公園が見えたことを印象深く記憶しています。かつてその近くには内山完造の内山書店があり、日本と中国の文化人が親しく交流するスポットになっていました。

 最近の20年間で、近代日本の上海体験を問う研究はかなり進んでいます。その反面で上海以外の都市体験の研究は停滞したままです。そこで復旦大学の李征先生、北京師範大学の王志松先生、上海外国語大学の高潔先生と4人で、『中国の都市の歴史的記憶―19世紀後半~20世紀前半の日本語表象』(勉誠出版)という本を編むことにしました。現在は日中の20人の研究者が書き進めています。

 比較文化研究所はその延長線上で、研究所協定に基づき、「近代日本の中国都市体験」という国際共同研究を行っていきます。日本側の研究者9人と、中国側の研究者10人の共同研究です。旅順・大連・奉天(瀋陽)・長春(新京)・哈爾浜・天津・北京・青島・上海・蘇州・杭州・南京・武漢・重慶・厦門・香港・広州の、明治・大正・昭和戦前期の日本人の記録を、全20巻の資料集にまとめる予定です。

 外灘エリアの歴史的な建築と、浦東エリアの超高層ビルが、黄浦江を挟んで向かい合う上海は、現在でも多くの人々を魅了して止みません。上海を舞台とする日本語文学も書かれ続けています。本学出身で小説家の高樹のぶ子さんに、『甘苦上海』(2010年、日本経済新聞出版社)という恋愛小説があります。文春文庫に入っているので、大学生や高校生の皆さんも読んでみてください。