「アジアのご近所さんとのお付き合い」

家永真幸

国際社会学科 国際関係専攻 准教授

 このページをご覧になっているあなたは、大学でアジアのことを専門的に勉強しようかどうか迷っていて、東京女子大学ではどんなことが学べるのか気になって来訪された方かもしれません。そんなあなたのご参考になればと期待して、ここでは私が高校や大学時代に何に興味を持ち、どんな経緯でアジアのことを教える教員になったのか、少し昔話にお付き合いください。

 私は現在、台湾は国なのか、国でないとすればそのあいまいな状態はどうやって生まれ、なぜ解消されないのかについて研究しています。ただ、実のところ私は、大学生の頃からずっと台湾に興味を持っていたわけではありません。

 私とアジアとの出会いは、高校時代です。出身高校が中国の高校と提携しており、私は3年生のときに北京に行き、現地の高校生と交流する機会を持ちました。そのとき出会った人たちのことをもっと知りたいと思い、大学受験は中国留学制度が充実していそうな大学を中心に受けました。大学ではアジア地域研究の学科に入り、3年生の時に晴れて北京に留学することができました。ただ、当初は1年間の留学の予定でしたが、途中でSARS(重症急性呼吸器症候群)が中国から世界的に流行してしまい、大学の授業も停止されてしまったので、仕方がなく半年ほどで帰国しました。当時はかなりの不完全燃焼感が残りましたが、今から振り返れば、状況が不透明ななかで中国の人々の間ではどのような噂が飛び交い、どのような自衛手段がとられていたのかを間近に見ることができたのは収穫でした。

 さて、帰国後は特にやりたいこともなく、しかし大学院に行きたかったので、ひとまず真面目に卒論を書きました。このとき選んだテーマは、1970年代のアメリカとの和解をめぐる中国の外交政策でした。中国人らしさが最も出る場面があるとすれば、それは外国人との交渉の場面ではないかと思ったからです。今から思えば、外交というのは欧米中心の国際ルールを熟知した人たちが行うものなので、中国人らしさを知りたいのであれば外交上のやりとりよりも、地方の経済活動や親戚づきあいを研究テーマにした方がよかったかもしれません。それに、中国はとても広いので、そもそも「中国人らしさ」とは何かと問うこと自体、意味のないことだったかもしれません。

 ともあれ、今のあなたと大差ない年頃だった私は、なんとか卒論を書きあげました。その結果、中国外交にとって最も重要な課題は台湾問題なのではないか、と思い至りました。そんなのは専門家なら誰もが気づいていることではありますが、ここで私は私なりに、取り組むべき問題を発見したわけです。そこで、修士課程では台湾政治研究の先生に指導してもらい、台湾のことを勉強し始めました。

 第二次世界大戦後の国際社会は台湾を「中国の一部分」と見なすか、それとも見なさないのかをめぐって非常にあいまいな態度をとってきました。一方で、台湾を統治する政府や、台湾に住む人々が、自分たちを「中国の一部分」と見なすかどうかについても、これまで様々な意見が衝突してきました。その複雑さを理解するための事例として、私は大学院に入ってまず、台北市で中国文化を象徴する美術品を多く展示する「国立故宮博物院」という巨大な博物館が、これまでどのような政治問題に巻き込まれてきたのかを調べました。

 博士課程に進学後、次の事例として、中国は2000年代後半に台湾にジャイアント・パンダを贈呈するのですが、その受け入れをめぐって巻き起こった政治問題について調査しました。その際、そもそもなぜパンダが政治に利用されるのかを、戦前の歴史にまでさかのぼって調べました。在学中に指導教授が別の大学に移籍してしまいましたが、中国外交史の先生が指導を引き継いでくださったので、台湾だけでなく北京や四川まで読みに行った歴史史料も部分的に活用しながら、博士論文を書き上げました。『国宝の政治史――「中国」の故宮とパンダ』(東京大学出版会、2017年)という本にまとめましたので、もしご関心があれば是非読んでみてください。2018年に東京女子大学に着任した後、最近では、「自由」や「民主」や「人権」といった概念が台湾政治にどのような影響を及ぼしてきたのかについて勉強しているところです。

 こうして振り返ると、「北京で出会った人たちのことをもっと知りたい」という当初の情熱とはずいぶん違うところに来てしまった感じがします。しかし一方で、私なりにその時々に考えるべきことを考えてきたという思いもあります。自分の過去を美化することを許していただけるのならば、「ご近所さんと喧嘩せず、仲良くやっていきたい」という気持ちは学部生時代も今も変わりません。アジアのご近所さんと上手に付き合っていきたい、そのためにまずは相手のことをよく知りたい、という思いをもったあなたが本学の門をたたき、ともに学ぶ仲間になってくれるのを楽しみに待っています!

2015年末にオープンした台湾嘉義県の国立故宮博物院南部院区(分館)。2016年9月撮影。