「アジア・イスラーム世界の研究者として生きる―大学時代の学びをふりかえって」

桐原 翠

勤務先:日本学術振興会/立命館大学

肩書:日本学術振興会特別研究員(PD)/衣笠総合研究機構プロジェクト研究員

卒業:東京女子大学現代教養学部人文学科史学専攻(2015年3月 卒業)

 現在、私はイスラーム世界におけるムスリム(イスラーム教徒)の生存基盤の構築について、「食(イスラーム食/ハラール食)」に着目し、地域研究者として研究を行っています。その中で、東京女子大学での4年間があったからこそ、今の私があるのだと思う事がよくあります。そこで、今回は、私の大学時代の「学び」を振り返り、現在、研究者として研究を進めている私の様子をお伝えします。

 私が、東京女子大学への入学を決めた理由は2つあります。そのうちの1つに、「アフガニスタン女子教育支援制度」に関わる大学であった事があります。私は、小学6年生の時に出会った1冊の本から、アフガニスタンへ興味を抱いてきました。その書籍の中でのアフガニスタンは政権崩壊や長期に渡る紛争の影響で人々の生存基盤が崩れてしまった悲惨な国として描かれており、そこに衝撃をおぼえました。そこからさらに関心が広がって、ムスリムの生存基盤について学びたいと考えるようになりました。

 学部時代には、東南アジア史を専門とする鈴木恒之教授の講義とゼミを通じ、イスラームへの関心が高まりました。さらに、学部時代の約1年間にわたって、東京にある駐日アフガニスタン大使館においてインターンとして勤め、大使館でのセレモニー等の準備や大使館主催の催し物の総監督の任を務める機会を得た事は、私にとって貴重な財産となりました。また、この1年間でダリー語(アフガニスタンの主要言語)でのコミュニケーション能力を磨く事が出来たのは大変嬉しい事でした。そのような経験もあり、卒業論文ではアフガニスタンと日本の人と人との交流を「民際交流史」と名付け、特に1930年代のアフガニスタンで生活した日本人の姿を扱いました。大学入学以前からも、研究職には興味を抱いていましたが、特にこの頃から、学術的な分野で意義ある研究をしたいと考えるようになりました。

 大学卒業後、京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科(五年一貫制)に進学した私は、東南アジアのマレーシア、湾岸諸国のドバイ、西アジアのトルコなどにおいて、ハラール産業の世界的な拡大とその展開について研究調査を行ってきました。「ハラール産業」と聞くと、食事に限定された話のように思う人もいるようですが、それは違います。「ハラール」とはアラビア語で「合法」(つまりイスラームの戒律から見て適正)を意味しますが、その事とムスリムの実生活・社会がどのように関わっているのか、「ハラール産業」に特に関わりのあるマレーシアでの現地調査から見えてくる事はたくさんあります。マレーシアは、多民族国家である事からも、多文化共存の工夫やそこにイスラームがどのように根差しているかなど興味深い事例や発想が多く、現地に出向かなければ看取できない事はとても多いです。さらに、ハラール産業が世界的に展開している現状を、世界各地で開催されているハラール・エキスポ(展示会)に出向き、各地域の企業がどのような戦略でハラール産業に参入しているのかなどを聞き取り、研究調査を行ってきました。そして、研究の世界に飛び込んで7年が達した今年、これらの研究生活の1つの成果として単著『現代イスラーム世界の食事規定とハラール産業の国際化-マレーシアの発想と牽引力-』(ナカニシヤ出版、2022年3月)を上梓しました。自著の出版に大きな喜びを感じるとともに、20代のうちに単著にたどり着くことができたことに自分でも驚いています。

 現在、非常勤講師として、関西圏の大学の学部の講義を担当する機会を頂いています。学生さんからは、「ムスリムの女性はなぜベールを被るのか」「イスラームはなぜ規則が厳しいのか」等の質問をたくさん頂きます。これらについては、授業内で丁寧に説明しますが、この謎を読み解く1つの鍵として「自分が不思議だと思っている事は、実は相手も不思議に思っていることがよくある」という原則があります。つまり、よく使われている表現を用いてわかりやすく言うと、「あなたが外国人だと思っているその人から見たら、あなたも外国人である」という視点の逆転の問題です。そのように、自分中心の見方を相対化する視点も大事にしてほしいと学生さんに説く根底には、これまでの私の多様な経験や現地調査での経験の積み重ねがあります。

 最後に、私が東京女子大学に入学を決めたもう1つの理由を、お話しします。それは、学則第1条の「真理と平和を愛し人類の福祉に寄与する」という言葉に感銘を受けたからです。この言葉に感銘を受けて以降、このような女性になれるよう、日々思い研鑽を積んできました。これからも、東京女子大学の卒業生として、一人の女性研究者として、日々進んでいきたいと思います。学生の皆さまには、多様な機会を活かし、学生生活を存分に謳歌できる事を、一卒業生として願っております。