「少しの“勇気”が自分の世界を広げるきっかけに」

長尾  海

勤務校:東京都 中学高等私立学校勤務

肩書:教諭

東京女子大学    学科  現代教養学部 英語文学文化専攻(2018年度卒業)

 2018年に東京女子大学英語文学文化専攻を卒業後、東京大学大学院教育学研究科でネパールの英語教育を研究し修了、現在は英語の教員をしています。また、私は教員という職業の傍ら、ネパールの教育支援をおこなうNGO TAP-smile for Nepal-を大学1年生で立ち上げ、現在も活動をしています。大学1年生でネパールという国との出会いが私の人生を変える転機となり、人生の軸になっています。

<ネパールとの出会いとNGOの立ち上げ>

 大学生になったころの私は、とりわけアジアに興味があったわけでも、国際協力に興味があったわけでもありませんでした。世界を旅したい、そんな思いで大学1年生の夏休みにたまたま訪れたのがネパールという国でした。初めての発展途上国で何の知識も無かった私は、ネパールに対して「貧しい」「不幸」「かわいそう」というイメージを持ち、「現地の人を笑顔にしたい!」とさえ思っていました。そんな私が1カ月滞在したのが水道もなく、電気も数週間に一度来るか来ないかという村。村に到着すると、村の人たちが出迎えてくれ、「サリー」という伝統衣装をまとった女性や子ども達が歓迎のダンスで迎え入れてくれました。村の生活にも慣れてきたある日、久しぶりに電気が届き、村人のお家に子ども達と映画を見に行きました。映画を見始めようとした時、ルビンという男の子が家の中にいつまでも入ってきません。あれ?と不思議に思っていたら、ルビンはどこからか椅子を持ってきて家の外から映画を見始めました。私はなんでこんなことになっているのか分からず焦っていましたが、他の子ども達や村人は何事もなかったかのように映画を見続けていました。後に村の人からルビンは一番低いカーストに属しているから、他人の家に入ることは許されていないということ、そして、ルビンがどんなに頑張っても将来つける職業は、ゴミ拾いであるということを知りました。重い荷物を持っているといつも手伝ってくれるルビン、道がぬかるんでいると手をとってくれる優しいルビンに待っている未来を聞かされた私は言葉にならない気持ちでいっぱいになりました。それから、小学校での歯磨き時間をみていると、歯磨き粉を受け取るのも、うがいをするのも、カーストが高い子からであることに気が付きました。ネパールではカースト制度は廃止されています。しかし、農村ではまだまだ根強い名残が残っています。生まれた国、生まれた家によって、その子どもの運命が決まってしまう、そんな世界を教育の力で変えていきたい、そう思った私は、ネパールから帰国して3か月後にまたネパールに戻り、気が付けばNGOを立ち上げていました。

<NGOの活動>

 私がまず取り組んだことは、子ども達が学校に来られる環境を整えることです。学校に来ない子ども達のお家に家庭訪問をし、その原因を探っていくと、子どもがお家の手伝いをしなくてはならないことや、親が教育の大切さを認識していないといったことがありました。NGOを立ち上げて2年ほどは、学校で文房具などの物資支援をはじめ、運動会や図書館の設立、保護者会を開き、地域の方に学校に来てもらうという活動をしていました。次第に地域のほとんどの子ども達が学校にくるようになりましたが、次に直面したのが学校を途中で退学してしまう子ども達が多いということでした。当時、学校の始業時間になっても教員が遅刻して授業が始まらなかったり、授業中に携帯電話を操作していたり、授業の内容も教員による一方的な授業で生徒たちはただ聞いているだけといった現状があり、子ども達の中には、学校に行っても意味がないという理由で退学をしてしまう子どもが多くいました。支援する側も、支援される側も、文房具や本などの「見えるもの」があることで、やっている「気」になったり、現状が良くなっている「気」になったりするものです。私はこのままでは良くないと思いながらも、なかなかその現状から抜け出せなくなっていました。ある時、支援先の校長先生と今の学校の現状や、今後の教育について話をしている時、やはり教育の「質」を上げていかなくてはいけないという想いが一致し、NGOの活動を教育の「質」に焦点をあてた活動にシフトしました。現在は、小学校から始まる英語教育を第二言語習得の理論をもとに授業研究を現地の先生と一緒に行っています。同時に、学校の先生達自身が教育について考え議論する場を設けたいと思い、農村の先生方を対象とした教員セミナーを開催しています。教員セミナーは現地ネパールの教育省との連携で行っていますが、日本からも大学の教授にネパールにお越しいただき、特別講義を行ったりすることもあります。今後は、セミナーの対象地域を増やし、より農村の先生たちによりそった支援をしていく予定です。

<日本での教育現場>

 現在私は中高一貫で英語教員をしています。勤務校は探求学習に力を入れており、1年間研究したことを年度末に英語で発表しています。昨年度、日本での外国人労働者の増加に伴って生じる外国人労働者の問題に焦点を当て研究をしたグループがありました。研究を通して、外国人労働者が悩み事を相談できる場所があまりないことを知り、これからますます増えていくとされるベトナム人の農業従事者に着目し、彼らが適切な労働環境下で働くことができているのかを簡単にチェックできるチェックシートをベトナム語で作成しました。この探究学習を通じて、ベトナムの現状を調べ、彼らの目線に立って何ができるのかを模索し、何度も試行錯誤を重ねながら奮闘している姿を間近で見ていました。私は、日本の子ども達に視野を広げてほしい、そう思っています。私もネパールと出会うまでは、海外といえば、アメリカやヨーロッパなどに憧れを抱き、世界には沢山の国があるのに世界=途上国といったイメージを持っていました。しかし、自分の固定概念を持たず、世界に飛び出ることによって自分の世界をどんどんと広げることができると思っています。

<最後に…“誰かのために” “自分のために”>

 NGOを立ち上げた当初は、ルビンのような子ども達の未来を変えたい、という一心でした。「誰かのために」という気持ちで始めましたが、今となってはこの活動は「自分のために」している活動でもあるなと実感しています。ネパールに出会えたからこそ、人のあたたかさに触れ、助け合う大切さを教えてもらい、また私自身も挑戦する楽しさを教えてもらいました。私たちが忙しい日々の中で忘れてしまっている大切なことを教えてくれる、それがネパールの魅力だと思います。

 新しいことに挑戦する時には、“勇気”が必要です。でも少しの“勇気”で自分の世界が広がっていくかもしれません。いろいろな場所を訪れて、沢山の人に出会って、もっと世界を近くに感じてください。そこに、自分にとっての人生の転機があるかもしれません。